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非モテが救われるのに異性は不要

tag : 非モテ 恋愛 物語 社会 承認 はてな匿名ダイアリー

何が問題って性欲が満たされないから問題なんじゃあないでしょう。
風俗の料金が安くなり続けても客は減り続け、「非モテ」は増えていた。

秋葉原でたくさんPKした加藤が「彼女が出来ないこと」の絶望を日記に書き連ねてた件について
ある女性識者が「風俗を割引したらどうだ」と言ってて、面白い女性だとは思うが的は外れている。
加藤の日記だってよく読めば不安定な生活に職場での疎外、友達の不在、絶望の種は具体的にたくさんあって、
彼女云々の話のときだけがむしろ抽象的・空想的な筆致で書かれていた。

今日の問題の構造はもう明らかだ。
「恋人、セックス相手としての異性との物語だけが我が物顔をしすぎていること」。

そうなった理由は
バブル期軽佻浮薄文化にどっぷりだった元若者が引きずり続けてる、でもあるし
デート文化で金使ってもらおうと企んだ企業やマスコミの陰謀だー、でもあるし
恋愛白熱が自分達の価値高騰に繋がると睨んだ女性が加担したー、かもしれないし
惰性と無能と思考硬直でそれしか作れなくなっちゃっただけだー、もいくらかありそうだし
それ以外の物語が縮小・希薄化しすぎているせいだ、でもある。

とにかく、なんだかいろんな不自然な力が働いて
今日の日本では物語と言えば
「恋人、セックス相手としての異性との物語」になってしまった。

・恋人、セックス相手としての異性を持っている人間
・もしくはそれを近日獲得予定でその途上の人間
でなければ物語に参加できない。

このメッセージが、社会から繰り返し繰り返ししつっこく与えられてきた。
そのせいで人の心に産まれた無用の疎外感や虚無こそが「非モテ」の正体ではなかろうか。

本来は恋愛に向いていなかった人、興味が薄かっただろう人まで恋愛・SEX物語のプレッシャーを受ける。
当然のように恋愛・SEX相手の異性がいることが「まともな人間」の前提として求められる。
それ以前にその獲得のためのアクションと努力が無制限に求められる。
人間の「型」が恋愛へのアクション・努力に適していなければまず徹底した自己否定と改造が求められる。
努力して結果が駄目であったら人格領域にまで踏み込んだ自己批判が求められる。

これはウザかろう。最大与党の物語としては薄っぺらいしポンコツ過ぎる。
異性は「非モテ」を救わない。その獲得はこのウザい物語の枠組みの強調でしかないから。
加藤が救われるには、安定した職場や彼を気にかけてくれる職場のオジサン、友や仲間としての男達、
やりがいのある仕事をしているというプライド、社会に貢献していると言う自負、
そういうものこそが本当に必要だった。

昨今はさすがに、自分が選んだでもない恋愛物語の価値上で努力や実現を強制されることについて
苛立ち・拒否の表明みたいなものも珍しくなくなってきたが
(過去はこれを言うと「強がっているw」「すっぱいブドウw」などと言ったありがちな石がバラバラ振ってきて
 しかもそれを必死に投げてる人達をよく見ると恋愛物語下で苦しんでいる非モテもいっぱい参加してたり、という
 脱走奴隷と体制側奴隷のジレンマみたいな悲惨や喜劇があった)
それでもまだまだミソジニーだと言われたり無気力だと言われたり問題把握に混乱や誤解が多い。
加藤も彼自身が恋愛物語の支配的影響に毒されて、自分の不満や問題点が概念としての「彼女」に集約していた。
自分を苦しめていることの本質がモヤで見えなくなってれば暴れるぐらいしか解決策が思いつかないこともあるだろう。

この不幸で有害な恋愛物語支配はいつになったら打倒されるんだろう。
潜在的にはかなり支持率低下してるようにも感じられるのだが
対立野党と選挙がない。



http://anond.hatelabo.jp/20090807114156

消費を集約する大きなキーワードが必要なんだ 恋愛を廃そうにも代替案がまだ無いんだ



http://anond.hatelabo.jp/20090807114156

対抗野党は二次元にいるって本田透が言ってた


http://anond.hatelabo.jp/20090807114156

戦後の皆婚社会と、それが常識と化しているのが悪いほうに出ているんだろうなぁ。
独身非モテでもそれなりに生きていけるというモデルが示されるのであれば、絶望感も緩和されるのではないかな。
一時期「おひとりさま」って流行ったけど、あれをもっと大規模に流行らせてみてはのはどうだろう。


「承認されていない」という罪
どうやら、彼女がいるか居ないかは人間性のリトマス紙らしい
非モテが救われるのに異性は不要
どっちを読んでも思うんだけど、「私は誰かに受け入れられています」という証明がなければダメな社会なんだろうなあ。

下ので加藤の話で上がってたことも根底は同じことのような気がする。
安定した職場 ←企業からの承認
彼を気にかけてくれる職場のオジサン ←センパイからの承認
友や仲間としての男達 ←同年代・同性からの承認

で、これなんかは、上記が満たされて初めて持ちえる自己承認なのかなあ。
やりがいのある仕事をしているというプライド
社会に貢献していると言う自負

他者の承認を自分の身元保証にするような。当り前といえば当り前なんだろうけど。信用を得る方法って他に思いつかないし。

ともあれそういう暗黙の社会規範があって、そうでなければダメだという圧力があるから、周囲からは非難され、自責と自己嫌悪を感じて、どうにも苦しくなっちゃうのかなあ。


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男女の主張・いざこざ・罵詈雑言をまとめています。

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「恋は狂気の沙汰」と言う。もともと、恋愛というものはロミオとジュリエットの昔から、通常の社会規範を飛び越えた行動を人に起こさせる一種の異常状態とされてきた。人は恋をすると正常な状態を失い、まじないにかかったようにトンデモが憑依する。そして人は異性にのみ恋をするのではなく、エロアニメに、老人に、寄生虫にだって恋をする。そんな、と学会がおとどけする二十一世紀を代表する愛の奇書、堂々文庫化。
愛のトンデモ本(上)

愛のトンデモ本(上)

価格:650円(税込、送料別)

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