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孤独でも世界を恨まない女性を求む

tag : 恋愛 非モテ 人生 婚活 打算 純粋 承認 はてな匿名ダイアリー

「おまえなんか一人いきおくれて、男の人には誰にも相手にされず、友達もみんな結婚して一緒に遊んでもらえず、非正規の職しかみつからず、100均でかった小物としまむらで買った服にあふれた狭い部屋で、半額弁当と発泡酒の生活を送ればいいんだ!!!」
と言われるのは、人並みにモテた人生を送ってる20代30代にとっては死ねといわれるよりも心をえぐるらしい。
例えば、そう言われたらどうする?と聞いたら、独りぼっちになるくらいなら、死んだほうがマシという人すらいた。
俺が10代の頃、女には誰にも相手にされなかったし、友達はみな同棲してたり結婚してたりするやつらばかりで傷を舐めあうような童貞はいなかったし、衣食住は狭い部屋でユニクロとダイソーと半額弁当と発泡酒だった。
あの頃も、それからも、今も、あらゆることに頑張ってきた。
大学でも、就職した会社でも、同期の誰よりも勉強した。
休みなく動いた。
プライベートじゃ空気読めないヤツとして煙たがられていたけど、仕事の上ではなにを任せても大丈夫という信頼は得ていた。
何度かの転勤や転職、役職つきで新しい職場に迎えられ、女性になって食事に誘われたり、連絡先の交換をせがまれたりするようになった。
休憩時間ごとに女性に囲まれる。
あの頃と今で、俺の中身で変っているところというのはなんなんだろうと思ったりすることがある。
年をとるといっしょにいて楽しい相手よりも一緒にいて安心できる相手を好きになるっていう話をきいたことがある。
かつての俺は一緒にいて楽しい相手ではなかったんだろうし、たぶん今だってそうだ。
金曜と土曜の夜、当番として残るのはいつも俺だった。
誰かをこき下ろして笑いをとったり、背伸びして買った時計や車を身につけたりする男たちが女の子に囲まれていた。
それでも、彼女たちのことも彼らのことも、誰も恨まなかった。
研究やプロジェクトの成功のために頑張ったし、彼ら彼女らの幸せを願った。
ただ、いまこうプチモテ期を迎えると、暗黒面が顔を出す。
あの頃相手にしてくれなかったくせに!っと今俺に近づいてくる女性たちに言うのはお門違いだ。
まったくの別人なんだから。
でも、一番支えてもらいたい時期を一人で耐え切ってしまった。
今は、高い対価を払ってまで結婚したいとは思わない。
遊びで付き合うつもりもない。
別に最初に付き合った人と結婚しなければいけないっていうピュアで童貞的な思想があるわけではなく、自分が一緒にいて楽しい人間じゃないことは自覚してるからだ。
旦那としてはそこそこ適格でも、彼氏としてはきっと不適格だ。
肩書きとか、収入をとったら、俺身魅力なんてないんだろうなっと思う。
それでもちやほやされたくて、
「結婚願望ないんですか?」
とよく聞かれるたびに、適当な返事をして誤魔化してる。
本当は、今でもまだ寂しさに耐えるのは平気ではない。
全ての女性が、誰にも相手にされずに孤独を耐える苦しみを味わえばいいと思うときがある。
それでも希望を失わず、世界を恨まず、前向きに、自己実現とみんなの幸せのために努力し続けることができる女性ならば・・・
ババアだろうとブスだろうと親友になりたい。
一緒に老人ホームに入って、一緒に墓に入ってもいい。
それを結婚というなら、結婚したっていい。
あ、そりゃセックスは若くてきれいな子としたいよ。
中村うさぎの「恋愛とセックスは家庭に持ち込まない」ってのが理想かもしれない。
まあ、無理なんで、一生右手で我慢する。



http://anond.hatelabo.jp/20090915211802

>俺が10代の頃、女には誰にも相手にされなかったし、友達はみな同棲してたり結婚してたりするやつらばかりで傷を舐めあうような童貞はいなかったし、衣食住は狭い部屋でユニクロとダイソーと半額弁当と発泡酒だった。
あの頃も、それからも、今も、あらゆることに頑張ってきた。
大学でも、就職した会社でも、同期の誰よりも勉強した。
休みなく動いた。
プライベートじゃ空気読めないヤツとして煙たがられていたけど、仕事の上ではなにを任せても大丈夫という信頼は得ていた。
何度かの転勤や転職、役職つきで新しい職場に迎えられ、女性になって食事に誘われたり、連絡先の交換をせがまれたりするようになった。
休憩時間ごとに女性に囲まれる。





羨ましい。
今私は、色んなことを犠牲に頑張ってる段階にいる。でも、それが報われるか分からない。
あなたは最終的に、努力を通して今のその昔とは比べものにならない安定した環境を手に入れたわけでしょ?
それが十分羨ましい。私は、自分の努力が報われるか分からない。
もちろん、結果的に自分の望んでいたことを実現させなければ、その努力の仕方が間違っていた=自分が悪いってなるだけだから、またあれこれと“努力”を重ねる…もしかしたら、夢を実現できなくても、その時はその時で違う何かを手に入れているのかもしれない。だけど、それも“その時”が来てから初めて分かることだと思う。
今の私は、ひたすら不安。怖い。だからまた努力する。
周りの友達には、心を開けない。孤独で寂しい。恋愛にのめり込むのが怖くて、恋愛自体を怖がってる。


>「おまえなんか一人いきおくれて、男の人には誰にも相手にされず、友達もみんな結婚して一緒に遊んでもらえず、非正規の職しかみつからず、
100均でかった小物としまむらで買った服にあふれた狭い部屋で、半額弁当と発泡酒の生活を送ればいいんだ!!!」
と言われるのは、人並みにモテた人生を送ってる20代30代にとっては死ねといわれるよりも心をえぐるらしい。
例えば、そう言われたらどうする?と聞いたら、独りぼっちになるくらいなら、死んだほうがマシという人すらいた。




心をえぐるよ。ほんとにそうなっちゃたらどうしよう。
私は今孤独。悲観的になってどうしようもない時がある。いつか…いつか…って、社会主義みたい。その先には荒野が広がってたらどうしよう。
だけど私があなたと違うのは、私はもし今のあなたみたいな“安定した立場”を手に入れることができたら、ちゃんと明るい自分になりたい。結婚もしたい。周りと仲良くして、尊敬されたい。今まで自分を蔑んだ相手のことを考えると悔しいけど、彼らとも笑って話したい。
もちろん今だって“明るい自分”だよ。人にはちゃんと接そうとしてる。だけど、孤独なのはどうしようもない。自分で自分の心を勝手にコントロールして、甘えないようにしちゃうから。
だけど、こんな自分が本当は嫌だから、もし“その時”がきたら、心から明るくなりたい。人に弱みを見せれる強さを持ちたい。今の私は弱すぎて、泣き言も言えない。でも、“その時”が来るのかすら分からない。

あなたは、その我慢の時代、どんな風に頑張っていたんですか?教えてください。
その時心に描いていた自分の将来像には、恋愛においても満たされた自分の姿はなかったのですか?


>旦那としてはそこそこ適格でも、彼氏としてはきっと不適格だ。
>肩書きとか、収入をとったら、俺身魅力なんてないんだろうなっと思う。
それでもちやほやされたくて、
「結婚願望ないんですか?」
とよく聞かれるたびに、適当な返事をして誤魔化してる。





今の私の状況からしたら羨ましいから言わせてください。
“彼氏として適格”な自分になることって、楽しいことじゃないですか?そんな風に今まで色んなことを変えてきたなら、そんなに自分に厳しく頑張ってきたなら、あとちょっとだけ自分を変えることもできる人だと思うんです。
他の考え方をすれば、あなたの生き方とか考え方に魅力を感じて、共感する人も絶対いると思うんです。その人にとったら、あなたそのものが“彼氏として適格”な存在かも知れません。“彼氏として適格”っていう“規格”を作っているのはあなた自身のように見えます。女だって人間です。適格な彼氏よりも、もっと心でつながることのできる相手を求めている人はいるはずです。
勝手な願望かも知れません。自分に重ね合わせて、仕事以外の人生もうまく行っているあなたを見たいのかも知れません。
だからこそ教えてください。
あなたが頑張っているとき、心に描いていたことは何だったのですか?



http://anond.hatelabo.jp/20090916042705

ある女性と
「30代の女性と何年も付き合って結婚しない男は不誠実!」
って言われたよ。
恋愛ルールに疎い非モテにとっては意外だったので、詳しく話を聞いた。
やんわりといろんなところをぼかして話すし、感情論も入っていて、まとまりが悪い話だったけど、要するに、
「要点の若い時間を浪費させたことに対して、責任を取るべきだ」という。
僕は、お互いに好きになったら付き合って、お互いにずっと添い遂げたいと思ったら結婚、お互いに気持ちが離れれば、別れる、そんな単純なものかと思っていた。
「結婚する気もないくせに女性と付き合いたい男って体が目当てなだけ」
「(一定年齢以上の)女が体を許すからには男は結婚するのが正しいあり方だ」
っていうことなのか?
と聞いたら、口ごもりながらも、概ねで同意された。
同じような話を、別々の女性に質問してみたが、みなほとんど同じ回答をくれた。
彼女たちは結婚する相手にしか体を許さなかったというわけではない。
3人とも、それなりの恋愛遍歴を経てる。偶然にも3人とも同棲を経験してるそうだ。
そのうち一人に
「お互いが好きなら付き合えばいいし、セックスに至っても、別れても、別れの原因がなにかで話は違ってくるかもしれないけど、別れ自体が、付き合ったこと自体がどちらか一方が責められるべきじゃないんじゃないか?」
と聞いたら、
「そういう遊びの恋愛は、学生時代のうちにすればいいの」
「楽しい恋愛は10代まで。20代の恋愛はそれじゃだめなの」
という答えが返ってきた。
ものすごく混乱したよ。
とっかえひっかえヤリ捨てたいわけではない。
でも、僕がただ汗を流していた時代、今したらヤリ捨てと非難される遊びの恋愛が、スタンダードな恋愛として皆は謳歌していた。
努力は報われて、恋愛は近くに寄ってきた。
でも、恋愛がタダだった時代には謳歌できず、高い対価を払って初めて参加できるようになったことに、タダだった時代に謳歌していた女性たちに対価を払って参加するのは当然と言われたことに、どうしようもない気持ちにさせられた。
「増田さんに足りないのは勇気や覚悟だけ」
「顔だって悪くないよ」「センスだって悪くないよ」「体型だって普通」「頭いいじゃん」「資格あるじゃん」
「だから彼女をつくろうと思えば作れますよ」
いろんなフォローがあったけど、頭が疲れ果てた。
恋愛は娯楽でも、結婚はビッグビジネス。
しかも人生で最大級の。
歳を取ってからの恋愛は、歳を取ればとるほど結婚の可能性が高い恋愛になって、ビジネスの色合いが非常に強くなる。
30代で恋愛デビューをしたところで、本当の、ビジネス抜きの恋愛をするチャンスは永遠に失われていたことになる。
たぶん、リア充10代を送りつつ高齢独身の女性は正反対の悩みに苦しんでいるんだと思う。
私は、遊び相手にはなれたけど、結婚相手にはならなかった。
遊び相手。それ以上でもそれ以下でもなかった。
と。
正反対の悩みだが、深さは似てる。
その点でいえば、非モテの10代を送った高齢独身女性のほうが、悩みとしてはシンプル。
私は、この先、誰かに必要とされることがあるのか?ないのか?
そんな感じでは?



http://anond.hatelabo.jp/20090916195829

でも、恋愛がタダだった時代には謳歌できず、高い対価を払って初めて参加できるようになったことに、タダだった時代に謳歌していた女性たちに対価を払って参加するのは当然と言われたことに、どうしようもない気持ちにさせられた



それは仕方ないだろ。
全員が全員「タダだった時代に謳歌でき、年を経て対価を払う」というルートを通れるわけじゃない
そのルートを通れる男は、「恋愛において」「優秀な」男であり、お前は「恋愛において」「優秀でなかった」男であったというだけ。

俺さ前から疑問なんだけど、お前らって他の事で「優秀でない」事に関してはこんなに悩まないのになんで恋愛だと悩むの?
お前らって例えば「ウサイン・ボルトは練習をたくさんして、そしてそれが年を経て報われた。でも僕は練習と言う対価だけを払い、報われはしなかった」なんていわないだろ。そういうときは単に「僕は優秀でなかった」ってオチで納得するわけだろ。勉強でも、なんでもいいけどさ。なのになんで恋愛となると、途端にその慎ましさを忘れるの?「俺だって、得られるはずだった(なのに得られない→なんだかなあ)」って思考になんの?最初から、俺にとっては得られるものじゃなかったと分かっていれば、そんな思いになるはずもないわけだろ。



だからさ。俺が思うに非モテって卑屈なようで、全然そうじゃないんだよ、そういうところで。
これは、ある意味、才能がない奴に「お前はオリンピックなんて無理」とか「お前は灘高に入れない」とか言うようなもので、過酷だから言いたかないが……敢えて言うけど、お前は、いい?お前はさ、モテなかったわけ!モテなかったの!これがどういうことか分かるか?劣ってたんだよ。才能がなかった。能力がなかった。恋愛において。(顔や雰囲気なども能力にいれて考える)
単純にそう言うことなんだよ。非モテとか言ったりしてるわりに意外とそういうところに自覚的じゃない。っていうのは多分「たまたまちょっとモテなかっただけで、俺は本来、モテてもおかしくない要素(多分性格とかの面で)を持ってるはず(テレビで取り上げられる極端なDQNと比べてそう思う)」って思ってるから。モテないとかいいながら本当に己がモテない、言うなれば恋愛力が無い、恋愛の才能が、能力が無いことに気付いてる奴はどれだけいるのか。


単純に、お前は能力がなかったから、人よりも対価を払わないといけないの。そんだけ。お前は能力がなかったから、人より恵まれないの。そんだけ。単純だろ?勉強や運動のことなら、それも納得できるだろ?なのになぜお前らは、恋愛となると納得できなくなるのか?そろそろ認めるべきだと思うよ、単純に能力がなかったんだって。能力が人間に不平等なことくらいは分かってるだろ?とっくにさ。その方が諦めもつくだろ。


追記
はてブみたけど確かに例えはなんか変だったなと思う。ボルト出したのは悪い、俺が単純に好きだから。まあそれはさておいてさ
要は、「勉強でダメだったり、運動でダメだったり、絵が上手く描けないとかいうことでは、「才能がないから」とか認められるのに、なんで人間は恋愛だと「どうして俺が報われない?」という思考になるのか」ってことだよ。
それはつまりさ、勉強などのさまざまな技能には、生まれつきある程度の才能の差があると皆漠然と感じてて(物凄く努力ができるということも、まあこの場合才能にいれて考えよう)、だからこそ自分が他者よりできなくても、その結果「なぜ、俺だけが」とか「なぜ俺は優秀な人のようにできないんだ」なんていわないわけじゃん。なのになんで、こと恋愛となるとその思考がなくなるのか?
結局、恋愛は平等だって思ってる、あるいは信じてるってことなんだよ、それは。平等だって思ってるから、「それなのに、何故俺には相手がいない?」ってなっちゃう。平等でないのだと分かっていれば、「ああ、俺は能力がない方なんだな」と、悲しくも悟るだけの話だ。
でも、違うだろ?平等なわけないだろ?寧ろ勉強の方がまだよほど報われ度は高いわけで。だからこういう嘆きをしちゃうタイプの非モテがまず悟るべきことは、「恋愛は、運動や絵やその他技量と同じく、平等の能力が与えられていない」ことと、その上で自分が「才能のない側である」ってことだよ。非モテだからとか、どうせモテないしとか、うだうだ卑屈になってるように見えて、その実「平等のはず」だなんて思ってるんだよ。それが悪いというつもりはないが。非モテが自虐や卑屈で自分を守ってるから、その奥に見える「根本的な問題」に気付きにくかっただけなんだ。
非モテは(だろうが誰だろうが)多分他にもなんか苦手なことがあると思うが、たとえばそれが運動なら、「運動能力がないのと同じく恋愛能力もなかっただけか。悲しいけど、配られたカードで勝負するしかないんだよな」とさっさと悟っちまうことだよ。それが結局当人にとっても一番いいだろ。元増田でいえば、なんか「昔恋愛謳歌できなかったのに今恋愛しようとしたら結婚考えるビジネス的な恋愛をせざるをえないなんてブツブツ」とか言ってるけどそれはしょうがないんだって。お前は若い頃はその程度の能力しかなかったんだから。全くもって、人間は不平等だよ。そんなもん今更だろ?まあお約束の言い分だが、少しの水も飲めずに死んでいく子供たちもいるわけだろ、そういう不平等な世の中なんだよ。そんなもん中二か高二のとき、とっくに気付いただろ?配られたカードで勝負するしかないんだよ。「どうして俺にはエースがないんだ!どうして隣の男はエースを二枚も持っているんだ」なんていってたってお前のカードが増えるわけじゃないんだよ。いい加減、悟れ。もうそんな事でうだうだ言ってる年でもないだろ、学生じゃあるまいし。



http://anond.hatelabo.jp/20090920213618

わからんでもないけど相手があってのことだからなあ。
つまり女たちがもっと利口なら違った基準があったはずで、その基準だと俺は劣っていない!って話じゃない?
だから女たちに目覚めよ目覚めよと。
ていうかこれは半分当たってると思うよ。女なんて個別にはともかく全体的には強い男の方に寄って行くようにできてるんで、それが子供時代はスポーツだったり何だったりするってだけの話で。
で、その時期の男子の集団を見て強い弱いの基準が刷り込まれる。もしこの時期に男女を別々に育てたらきっと違う基準を持ったに違いないんだ。っていう。



http://anond.hatelabo.jp/20090916195829


でも、僕がただ汗を流していた時代、今したらヤリ捨てと非難される遊びの恋愛が、スタンダードな恋愛として皆は謳歌していた。



歳を取ってからの恋愛は、歳を取ればとるほど結婚の可能性が高い恋愛になって、ビジネスの色合いが非常に強くなる。
30代で恋愛デビューをしたところで、本当の、ビジネス抜きの恋愛をするチャンスは永遠に失われていたことになる。



年をとってからモテ始めた非モテの苦悩は、以下の二点に集約されると思う。
第一に、年齢によって持つべき恋愛観やとるべき行動が規範化されていて、
そうした恋愛に関する世間基準に適合できない疎外感。
非モテは単に若いころモテなかったというだけでなく、オタクだったり運動音痴だったりと
スクールカースト的な、世間のスタンダードと相容れないことが少なくない。
非モテ問題もこうした「世間一般への適応不全」という問題の一環としてとらえるべきだろう。
第二に、十代的な、打算抜きの恋愛ができなかったという事実は、
自分には単なる経済的商品価値しかなく、人間的魅力がないという意識をもたらす。
三十代になってモテ始めても、所詮はATMとしての価値しかない。
決して相手の女性は自分の人間性をみているわけではない。
そう考えると、非モテが結婚に対してネガティブになるのも当然だ。
非モテにとって、結婚とは「自分にはATMとしての経済的価値しかない」と自ら認めることに他ならない。
非モテである俺も、仲の良い女友達とは、薄暗い影がつきまとう三十代的恋愛をしたいとは思わない。
ただの友達でいるほうがどれほど幸せなことか。



http://anond.hatelabo.jp/20090916195829

女性って大変だと思う。
結婚できずに売れ残った時の悲惨さが、たぶん男性のそれより深い。
もちろん、異性に相手にされなくなるのは辛い。
女性は基本が待ち、受け、誘われる側だから、自分から動く側の男性に比べるとオファーが来なくなる深刻さが段違い。
同性の友達がみんな結婚してしまうと、一緒に遊ぶ同性もいなくなるじゃん。
馴れ合うためにサークル活動に参加する層っているよね。
テニスが好きなんじゃなくて、テニスを通じて友達を作りたい、彼氏を作りたい的なやつ。
男性だと、テニスが好きならテニス、将棋が好きなら将棋、筋トレが趣味なら筋トレ、趣味そのものに没頭できる人が多いように思う。
没頭できる場合、馴れ合う相手がいなくなってしまっても、それほど問題はないけど、馴れ合いそのものを目的にしてた人たちって大変だと思う。
そもそも女同士に友情ってあるのかな?
男同士の友情は間違いなくある。
男と女の友情はかなり難しい。
女同士の友情は、どうなんだろうね?
ないことはないだろうけど、男同士のそれとはたぶん違うんだろうね。
男性はモテなくたって、仕事で成功すればそれなりに社会的な評価を得られるじゃん。
女性だと、比較の問題だけど男性よりは社会で成功することが難しいし、たとえ成功したって「それでも女性としては幸せではない」って言われたら言い返せない。
若い女性を黙らせる言葉は「ブスのくせに」
20代以降の未婚女性を黙らせる言葉は「あなたは女性としては幸せじゃない」
社会的に成功しにくいって言ったけど、今派遣とかだと大変だよ。
女性のほうが派遣が多いしね。
本人に責任がないとは言い切れないけど、社会構造的な問題もあるし自業自得って言っちゃうのは可哀想だ。
長く勤めたところで昇給もなく、辞めちゃうと昇給どころか求人もなくなるわけで。
極端な話、幸せな結婚生活っていうヴィジョンと、無職っていうヴィジョンの二つしか頭に浮かばないと思うんだな。
未経産だと婦人病のリスクも高まるしね。
女性だと更年期もあるしね。
肩こりとか腰痛とかは男女ともにあるけどさ、閉経後に骨粗鬆症で骨が脆くなってすぐポッキリとか不安だよ。
派遣だと貯蓄の額も少ないだろうし、年金の積み立ても少ないだろうし。
大丈夫かな年金記録?
というか派遣のまま60歳まで働けないし、正社員への道も絶望的。
最初のエントリーのとおりに、半額弁当と第三のビール(あるいは98円の特売の缶カクテル)、あるいは安い安いスーパーの大袋の緑茶、6畳のワンルーム、車も持てず、クレジットカードも作れず、1000円調髪、そんな未来ってけっこう恐怖じゃない?
だから、男性はすこしくらい騙されてやるべきなのだよ。



http://anond.hatelabo.jp/20090921162618


そのために神は51:49に性比を定め給うたのだよ。



他者承認を通貨としてあつかう非モテ
考察

とにかく他者から自分の存在を肯定されたい! という人生は、なんだか息苦しいのではないかと最近感じる。いや、もちろん自分も他者承認に飢えていることはたしかだし、その必要性をないがしろにしたいわけではない。マズローによれば、他者からの愛情・尊敬は人間の基本的欲求だからこれが足りないとメンヘラ一直線でたいそう困ったことになる。だから、まあ、他者承認への欲求自体はもう本能みたいなもので、善い悪いを別として認めるしかないよねって感じだ。僕が興味深く思うのは、いわゆる非モテ(他者承認に不自由な人)が、承認してくれそうな他者がいるにもかかわらず、なんかよくわからない理由で、それを拒んでしまう現象だ。


非モテの求めるもの

非モテは、仕事面で成功してモテるようになってもなんだか楽しくなさそうなのである。

ただ、いまこうプチモテ期を迎えると、暗黒面が顔を出す。
あの頃相手にしてくれなかったくせに!っと今俺に近づいてくる女性たちに言うのはお門違いだ。
まったくの別人なんだから。
でも、一番支えてもらいたい時期を一人で耐え切ってしまった。
今は、高い対価を払ってまで結婚したいとは思わない。
遊びで付き合うつもりもない。



仕事で成功してある程度の金もあるけど、それにつられてやってくる女性はお断り、ということらしい。つまり自分の能力を他者から評価されたいわけではなく、そういった非人格的な要素を全て剥ぎ取った生身の自分を評価されたい、ということなんだと思う。そうした無条件の、絶対的な人格肯定はたしかに快楽だろう。

ここで違和感がある。絶対的な人格肯定って他者承認と同じことなんだろうか?


モテたいけど、モテ要素を評価されるだけなのはイヤ、というジレンマ 

たとえば非モテがルサンチマンを感じるモテ系だって、そんな絶対的な人格肯定をしてもらっているわけではないだろう。自分の持つモテ要素(容姿・性格など)を評価してもらってるだけで、非モテが羨むような絶対的な人格肯定は別にないんじゃないか。まあ、モテ要素にも序列があって、金とか社会的地位とかよりも容姿・性格を好きだといってもらったほうが人格肯定されている気分にはなる。だけど、その容姿だって日々の努力の成果かもしれないし、性格だって生来のものではなく人為的にカスタマイズされたものかもしれない。生まれつきの、生身の人格とは、似ても似つかない商品的なもの。それがモテ要素じゃないか。容姿・性格に恵まれたモテ系だって、ただ単に自分のモテ要素が評価されているだけで肝心の人格が肯定されないことに虚しさを感じているかもしれない。

しかし非モテはそうは思わない。非モテの世界観においては、モテ系は人格を絶対的に肯定してもらっているのに自分にはなんで誰もしてくれないないんだろうという、人格肯定の格差が厳然として存在する。この絶対的な人格肯定という基軸通貨が流通した世界で、モテ系はその他者承認通貨を独占し、非モテはその他者承認通貨をえることができない。そういう世界観なのだ。


他者承認通貨をためこみたい非モテ

この他者承認経済において楽をするにはどうすればいいか。自分の気持ちを抑えて生身の相手を承認するなんてのはもってのほかだ。そんなことしてなんになる。損するだけじゃないか。ただ相手が生身の自分を受け入れてくれるまで待つべきなのだ。他者承認(絶対的な人格肯定)されたら勝ち組になれるというゲームだから、自分から他者承認するなんて負担以外の何物でもない。

だから非モテは、ひたすら生身の自分を肯定してくれる相手を待つ。他者承認通貨の奪い合いゲームに勝つには、それが合理的なのだ。絶対的な人格肯定に及ばない、モテ要素を評価されるだけの付き合いなんかには目もくれない。そんなところで妥協してしまったら損だ。


他者承認経済のフリーライダーたち

非モテの行動戦略は、公共財のフリーライダーと似ている。公共財を利用するだけ利用して負担を一切負わないのがフリーライダーである。一方、非モテは他者承認通貨を相手に与えることを一切せずに、相手が自分に他者承認通貨をプレゼントしてくれる幸運を願っている。

非モテとフリーライダーの違う点は、フリーライダーがその戦略によって十分に得をしているが、非モテはその戦略であんまり得をしていないということである。たしかに生身の自分を絶対的に肯定してくれる人に出会えればペイするのだろう。

しかし、自分からは他者を承認しようとせず、ひたすら相手が自分を承認してくれるのを待つような人物を、絶対的に肯定するような奇特な人が、はたしてどれだけいるのだろうか?
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Author:GenderWarrior
男女の主張・いざこざ・罵詈雑言をまとめています。

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「恋は狂気の沙汰」と言う。もともと、恋愛というものはロミオとジュリエットの昔から、通常の社会規範を飛び越えた行動を人に起こさせる一種の異常状態とされてきた。人は恋をすると正常な状態を失い、まじないにかかったようにトンデモが憑依する。そして人は異性にのみ恋をするのではなく、エロアニメに、老人に、寄生虫にだって恋をする。そんな、と学会がおとどけする二十一世紀を代表する愛の奇書、堂々文庫化。
愛のトンデモ本(上)

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